今日は、ちょっと赤裸々な話を書こうと思います。
正直、書こうかどうか迷いました。
でも、もしかしたらどこかの誰かの励ましになるかもしれない。
介護や家族のことでバタバタしている人の「うちだけじゃないんやな」と思える話になるかもしれない。
だから、書くことにしました。
実は2月の初め、
B3(ばーさん)が突然入院しました。
そしてその瞬間から、
88歳のG3(じーさん)が壊れました。
G3sewing、今までにも何度もピンチがありましたが、今回もなかなかの大ピンチです。

きっかけは、車を降りる瞬間。
ある日、車を降りるときに
「グギッ」といったらしい。
最初は「ちょっと痛い」くらいだったのですが、翌日になると、起き上がることもできない。
整形外科でレントゲンを撮ると、診断は
骨粗鬆症による圧迫骨折。

背中の骨が潰れていました。
コルセット姿のばーさん。
痛々しい。

そして先生の一言。
「絶対安静。全治3ヶ月。」
元気印だったばーさんに、まさかの宣告。
家族全員、大慌てです。
そして、もう一つの問題。
何より大変だったのは、
88歳のG3(じーさん)。
急な出来事に頭が追いつかず、
一時的に認知症の症状が強く出てしまいました。
「いったいどうして、ばーさんは帰ってこない?」
「きっともう嫌になって家出してしまったんだ」
「誰か教えてくれ、誰も本当のこと教えてくれん!」
怒り出したり、落ち込んで一歩もベッドから出ようとしなくなったり。
完全にパニック状態。

家族、緊急会議。
そこで
長女
次女
三女(私)
弟
4人でグループLINE緊急会議。
役割分担が決まりました。
長女
介護のベテラン。
ケアマネさんやヘルパーさんと連携して、父の生活全体をコントロール。
次女
料理得意、世話人ナンバーワン。
父の食事を1週間分すべて作って、小分けして冷凍。
台所でテキパキと動く動く。
弟
仕事のあと泊まりに来て、父の夜の生存確認係。
そして
私。
私はというと…
父に仕事をさせる係。
「今日これだけ仕事したら、ばーさんに会いに行こう。」
完全に鬼係。

でも不思議なことに、
「ばーさんに会いに行く」と言うと、仕事が進む。
病院に連れて行くと、会話はそんなに多くない。私がナースステーションに行って戻ってくると、ふたりはこっそりと、、

手を握る。

しばらく握る。
静かに握る。
どう見ても
ばーさんより、じーさんのほうが寂しそう。
ところが、さらに大変なことに。
最初の1週間はそれで回りました。
ところが。
病棟がコロナで面会禁止。
ここからが大変でした。
一度は安定していたじーさんが、また混乱し始める。
「あれ?ばーさんどこ?」
「もう離婚したいに違いない。」
「どっかに逃げたんや。」
何度説明しても、
2分後。
「ばーさんどこ?」
「あのねーーーー!!
背中の骨折れて入院してるの!!」

と説明した2分後。
「…ばーさんどこ?」

完全に無限ループ。
しかも、外に探しに行こうとする。
24時間見張るわけにもいかない。
仕事や自分たちの家庭のこともあるのでもう姉弟も体力の限界、、、、💦
あかん。絶体絶命の大ピンチ

そこで荒手の作戦変更。
主治医と相談して、
ばーさんを退院させて自宅療養に切り替えることに。
もちろん
絶対安静の完全看護。
ここからまた家族総動員。
長女は
電動ベッド、ポータブルトイレ、手すりなどを大至急手配。
次女は
二人分の朝昼夜の食事を冷凍に切り替え。
そして私は
昼間、引き続きじーさんに仕事をさせる係。
そして、1ヶ月。
すったもんだがありましたが、
骨折から1ヶ月。
ようやく少しずつ動いていい回復期に入りました。
まだ
しゃがむこと
重いものを持つこと
これは絶対禁止。
でも、最低限の家事は少しずつできるようになりました。
そして何より、
じーさんもばーさんも
安心したような笑顔が見られるようになりました。
84歳の誕生日。
先日、ばーさんは84歳の誕生日を迎えました。
するとじーさんが言う。
「イオン連れてけ。」(←ちょっとエラっそうでムカつく💢)

そして買ったのが
紫陽花の鉢。

なんとも可憐な花でした。

正直に言うと、この二人。
「もう離婚してしまえばいいのに。」
そう思ったこと、私たち、実は数えきれないくらいあります。
(詳しくは書籍
『あちこち体がきてるけど心は元気。80代で見つけた生きる幸せ』
をぜひ読んでください。)

でも今回、思いました。
夫婦のことは、夫婦にしかわからん。
ほんまに。
まだ完全復帰ではありませんが、
ばーさんは少しずつ元気になっています。
また少しずつ
InstagramやXにも登場させていきますね。
どうぞこれからも
G3sewingファミリーを応援よろしくお願いします。 🙏














